電通の女性新入社員高橋まつりさんが2015年12月に過労自殺をした事件(以下「電通過労死事件」といいます。)について、アイシア法律事務所の坂尾陽弁護士が2016年10月10日に放送された「めざましテレビ」様に出演しました。
1. 電通過労死事件とは
電通過労死事件は、2015年12月に高橋まつりさんが自殺をされ、2016年9月30日付で三田労基署が高橋まつりさんの過労自殺を労災と認定しました。
電通過労死事件は2016年10月7日に報道がなされましたが、同日は奇しくも政府が過労死等防止対策推進法に基づく過労死等防止対策白書(以下「過労死白書」といいます。)を閣議決定した日でもあります。
電通過労死事件に関しては、高橋まつりさんは2015年10月に正式に採用されてから業務上の仕事量が倍増し、2015年10月9日から11月7日)の約1か月間の時間外労働時間は約105時間にのぼったとされています。
時間外労働についてはタイムカード打刻後に勤務をする等して実態を解明することは困難です。電通過労死事件においては、高橋まつりさんの入退館記録が残されていたことから、弁護士が入退館記録に基づいて時間外労働の実態を解明しました。
新たに仕事量が増加する中で100時間を超える時間外労働を強いられていた高橋まつりさんには、強い心理的負荷があったことは想像に難くありません。業務に起因する強い心理的負荷によってやむを得ず自殺に至ったことから労災として認定されることになりました。
2. 過労死白書から見る過労死・過労自殺の実態
2016年10月8日に公開された過労死白書では、過労死・過労自殺の問題は大きな社会問題であり、電通過労死事件は氷山の一角にすぎないことが読み取れます。
過労死白書では、2015年に過労死として労災認定されたのは96件、過労自殺として労災認定されたのは93件とのことです。他方で、過労死白書においては、勤務問題を原因の1つとする自殺は2015年において2159件あったとも指摘されています。
労災認定に至るのは氷山の一角にすぎず、実態としては数多くの過労死・過労自殺の問題が生じていると言えます。
3. 過労死ラインとは
過労死・過労自殺の問題に関しては、「過労死ライン」という言葉が使われます。
過労死ラインは法的用語ではないため、色々な意味で使われます。過労死・過労自殺の問題を考える上では、過労死と過労自殺によって過労死ラインを区別して論じることが必要です。ここでは、過労死は長時間労働を原因として脳梗塞・心筋梗塞を発症して死亡する、いわば肉体的疾病に基づく死亡とし、過労自殺は長時間労働を原因として精神障害を発症して自殺する、いわば精神障害に基づく自殺と整理します。
過労死ラインとして時間外労働80時間と言われることがありますが、これは過労死という肉体的疾病において妥当する基準です。他方で、過労自殺については業務に起因する強い精神的負荷が存在したかという基準で判定され、時間外労働の時間数は重要な要素ではありますが、その他の要素も加味して判断されます。
過労自殺のような精神的負荷に関しては、平成23年に厚生労働省から通達(以下「平成23年認定基準」といいます。)が出されています(平成23年12月26日基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」)。
平成23年認定基準においては、業務に基づく強い心理的負荷があったと認められる場合として時間外労働時間数に応じていくつかの類型を定めています。強い心理的負荷があったと認められれば、精神障害に基づく自殺は原則として業務に起因するものとして労災認定を受けることになります。平成23年認定基準においては次のような場合に強い心理的負荷があったとされています。
①発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
② 発病直前の2か月間以上連続で1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った又発病直前の3か月間以上連続で1か月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った
③仕事量が著しく増加して、時間外労働が倍以上に増加し、1か月も当たりおおむ
ね100時間以上の時間外労働を行った
色々な類型がありますが、精神障害に基づいて自殺に至った過労自殺事件では、1か月当たり100時間の時間外労働を行うと業務による強い精神的負荷に基づく自殺として労災認定される可能性が高くなるので、過労自殺については1か月当たり100時間が過労死ラインと言えるかもしれません。
電通過労死事件に関しては、報道からは必ずしも明らかではありませんが、10月から正式に採用されて業務量が倍増し、1か月当たりの時間外労働時間が100時間以上であったとして、③の基準によって過労自殺が労災として認定されたのではないかと思います。
4. 過労死・過労自殺の再発防止に向けて
電通過労死事件は、女性新入社員が過大な時間外労働を行って自殺せざるを得なくなった痛ましい事件ですが、現代社会では過労自殺は大きな社会問題といえます。そこで、過労自殺の再発防止に向けてどのような取組みを行うべきかが課題となります。
この点、企業は労働者の安全に配慮する義務を負っているところ、長時間労働は労働者の身体的・精神的な健康を損なうことは周知の事実と言えます。また、2015年にはストレスチェックが義務化され、労働者が自らの健康状態について知るとともに、企業も労働者の精神的負荷を把握して適切な措置を講じなければなりません。
企業としては労働者の安全に配慮する義務を負っている以上、ストレスチェックの実効性を確保して労働者の健康状態を把握するとともに、過労死・過労自殺を防止するべく労働者の健康状態に応じた措置を講じる必要性が高まっていると言えます。