M&Aのメリット・デメリットを売り手目線で解説
M&Aは、事業承継・後継者不足を解決するための有力な手段です。M&Aを行うことで高額な売却代金を得たうえで、会社・事業を存続することができ従業員の雇用も維持できるなどのメリットがあります。他方で、M&Aにはデメリットやリスクもあります。
売り手目線でM&Aのメリット・デメリットについて弁護士が分かりやすく解説します。
- 2009年 京都大学法学部卒業
- 20011年 京都大学法科大学院修了
- 2011年 司法試験合格
- 2012年 森・濱田松本法律事務所入所
- 2016年 アイシア法律事務所設立
M&Aの売り手側のメリット7つ
売り手にとってM&Aには以下のようなメリットがあります。
- 会社・事業を存続させることができる
- 事業承継・後継者問題の解決策
- 創業者利益の実現=まとまった売却代金を得られる
- 個人保証から解放される
- 従業員の雇用が維持できる
- 買い手による財政基盤の安定化・シナジー創出による事業発展
- 事業の選択と集中が実現できる
以下で詳しく説明します。
01 会社・事業を存続させることができる
M&Aとは会社・事業を売却し、買い手に委ねることです(参考:M&Aとは? なんの略か何をするかを売り手目線で分かりやすく解説)。M&Aをすれば、売り手は会社経営を退き、買い手が会社経営を行います。
長年経営を行ってきたがそろそろ引退したい、会社・事業の将来性に不安がある場合でも、簡単には会社・事業を潰すことはできません。M&Aであれば会社・事業を存続することができるので従業員や取引先に迷惑をかけずに、会社経営から退くことができるというメリットがあります。
02 事業承継・後継者問題の解決策
中小企業のうち後継者が決定しているのは約12.5%の企業にすぎません(参考:中小企業の事業承継に関するインターネット調査)。中小企業にとって事業承継・後継者問題は深刻な経営課題です。
M&Aは事業承継・後継者問題を解決するための有力な手段です。事業承継・後継者問題の解決策としてM&Aには大きなメリットがあると言えるでしょう。
03 創業者利益の実現=まとまった売却代金を得られる
M&Aの売り手は売却代金としてまとまったお金を得ることが多いです。
廃業してしまうと機械類・在庫などに資産価値は認められず、処分・清算のコストがかかります。また、当然ですが将来得られるはずの利益も失うことになります。これに対し、M&Aであれば現在保有している会社の資産価値+将来期待できる利益を踏まえて売却代金が算定されます。
売り手としてはM&Aにより経営から引退しますが、会社を創業して長年経営してきたい会社・事業を手放す対価として売却代金を得られます。売却代金というまとまったお金を得ることで安心してリタイアできることはM&Aの大きなメリットです。
04 個人保証から解放される
中小企業の経営者は、会社の借金について個人保証を負っていることも少なくありません。経営者の配偶者や親が連帯保証を負っているケースもあります。M&Aを行うことで金銭的・精神的なプレッシャーから解放されることも大きなメリットといえます。
なお、M&Aをすれば自動的に個人保証から解放されるわけではありません。M&Aの契約交渉で売り手が個人保証から外れることを定める必要があります。M&Aの契約書は専門的な知識が必要であるため、必ずM&Aに強い弁護士に依頼する必要があります。
05 従業員の雇用が維持できる
M&Aによる売却後は、従業員は買い手の一員として雇用が維持されます。会社を廃業してしまうと従業員に迷惑をかけるため躊躇する場合、M&Aであれば従業員の雇用維持ができるメリットがあります。
買い手としても従業員は会社・事業の価値を創出する担い手です。とくに人出不足が問題になってる昨今の情勢では、買い手としてもM&A後も従業員が働き続けてくれるかは気にするポイントになります。たまに、M&A後に買い手により従業員がクビを切られるのではと不安に思われる方もいますが、この点はあまり心配しなくて良いでしょう。
06 買い手による財政基盤の安定化・シナジー創出による事業発展
M&Aは、売り手は中小企業のオーナー経営者、買い手は中堅から大手企業やファンドというケースが少なくありません。大企業・ファンドという資金的に余裕がある買い手が会社・事業を譲り受けることで、会社・事業の財政基盤が安定し、シナジーによる事業発展が期待できるというメリットがあります。
07 事業の選択と集中が実現できる
M&Aには会社全体を売却する場合と一部の事業だけを売却する場合があります。会社の一部の事業を売却するM&Aでは、事業の選択と集中を実現できるメリットがあります。
たとえば、不採算事業だけを譲渡し、譲渡代金を中核事業に投資することも可能です。
M&Aの売り手側のデメリット・リスク
01 会社理念や従業員を適切に引き継がれない
M&Aをすると買い手が会社・事業を引き継ぐことになります。そのため、きちんと買い手を選ばないと会社理念や従業員が引き継がれないというデメリット・リスクがあります。
中小企業のオーナー経営者様は、手塩にかけて育てた会社・事業がM&Aで滅茶苦茶になるのではないか不安を感じられます。このような不安に寄り添い、会社理念・従業員を引き継いでくれる買い手を売却先として選ぶ必要があります。
また、買い手としてはM&Aで何かしらの利益があると考えるから買収を行います。買い手がM&Aをする理由・目的を踏まえて、会社理念・従業員を引き継ぐことで買い手にメリットがあるかを考えることがポイントです。
02 従業員・取引先から反発を受ける
M&Aによって労働条件・取引条件が見直されることで、従業員・取引先から反発を受けるデメリット・リスクがあります。
たとえば、従業員は待遇・業務内容の変更・業務量の増加などの不安を感じるかもしれません。取引先も、今まで通りに継続的な取引を行ってくれるか不安を感じるかもしれません。M&Aを行う場合は従業員・取引先から無用な反発を受けないように配慮する必要があります。
法律上も事業譲渡・会社分割を行うときは従業員を移転させるための手続きが必要です。取引先との関係では、M&Aによる経営権・支配権の異動があった場合に契約解除や通知等を定める「チェンジオブコントロール条項」が定められている場合があるため対応が必要です。
03 M&Aの手続きを行う負担が生じる
M&Aには様々な手続きが必要となります。売り手にとっては「売却代金がどのぐらいか」を算定することが重要なポイントですが、買い手は一から会社・事業を理解する必要があります。
買い手が会社・事業を調査する手続きをデュ―ディリジェンスと言います。デュ―ディリジェンスの手続きにおいては、会社・事業を把握するための資料確認や質問を買い手が行います。M&Aを成功させるためには、売り手もデュ―ディリジェンスに協力することが不可欠です。デュ―ディリジェンスでは買い手が要求する様々な資料の提出や、質問の時間を取るなどの負担が生じるというデメリットがあります。
もっとも、デュ―ディリジェンスに誠実に協力することは売り手にもメリットがあります。デュ―ディリジェンスにより買い手の不安がなくなれば、価格交渉で高値を引き出すことができるからです。
04 M&Aが失敗するケースもある
M&Aによって必ず会社・事業を売却できるわけではありません。そもそも買い手候補が見つからない、取引条件が合わないなどでM&Aが失敗する場合もあります。M&Aの失敗によるデメリット・リスクとして、時間・費用が無駄になったり、従業員・取引先が不安を感じることがあります(そのためM&Aの検討段階は秘密厳守が鉄則です。)。
05 M&A取引の伴うコストがかかる
M&Aを行うときは、売り手も仲介手数料や専門家への報酬などが必要になります。仲介会社・専門家によって費用体系は異なるため、どのタイミングで依頼するかを見極める必要があります。
また、買い手候補が見つかったからと言って、確実にM&Aが成功するとは限りません。むしろ、M&Aの交渉途中で破談するケースも少なくありません。着手金・中間報酬金などが設定されている場合は、途中で破談になっても基本的には返金されないので注意が必要です。
売り手目線で考えるM&Aの買い手側のメリット・デメリット
最後にM&Aの買い手のメリット・デメリットも整理します。売り手側にとっても買い手の思惑を考えることは、M&Aを成功させるうえで重要です。買い手が何を考えて、どのような目的でM&Aを行うのかを把握しましょう。
M&Aによる買い手側にとってのメリット
01 軌道に乗った事業を取得したい
新規事業を一から始めるのはハイリスクです。買い手としては、既に成功している会社・事業をM&Aで取得することは、このようなリスクを回避できるメリットがあります。
とくに買い手が事業会社である場合は、M&Aにより、事業を拡大・強化したり、既存事業とのシナジーを生み出すことを期待することが多いでしょう。
02 お金で時間を買う
多少高額であっても買い手がM&Aを行うメリットとして「時間を買う」という考えがあります。新規事業を立ち上げて成長させるまでには時間がかかります。買い手の経営戦略において、「時間も重要な経営資源だ」と考える場合は、短期間で会社を成長できることはM&Aのメリットです。
03 人手不足の解消
生産人口の減少に伴って人手不足は深刻な経営課題になりつつあります。新規採用に苦戦している買い手企業にとって、M&Aにより売り手の従業員を丸ごと引き継げることは大きなメリットです。
とくにIT企業を買収する場合は優秀なSEやプログラマーを確保することを狙いとしてM&Aを行うことも少なくないようです。
M&Aにおける買い手側にとってのデメリット・リスク
01 会社・事業の価値を正しく把握する難しさ
会社・事業の強みや弱みは千差万別です。買い手企業にとって、M&Aの手続きにおいて会社・事業を正しく把握することは難しいというデメリットがあります。会社・事業を調査するデューデリジェンスをきちんと行っても、M&A後に思わぬ問題点が生じる場合があります。
02 M&A後の統合に失敗する
買い手は、M&A後に会社・事業を統合し、元々の事業とのシナジーが生じることを期待します。しかし、現実にはM&A後に会社・事業の統合に失敗することも少なくありません。
M&A後の経営統合を「PMI(post merger integration」と言いますが、買い手にとってはM&A取引を成功させても、その後のPMIで失敗するデメリット・リスクを抱えます。
03 従業員が離職してしまう
M&Aをきっかけとして、優秀な人材が流出してしまうことも買い手にとってのデメリット・リスクです。労働条件の変更や、経営統合による企業文化の違い、経営者交代による不安などから従業員が離職することも残念ながらあり得ます。
買い手にとっては、優秀な人材を逃さないことはM&Aにおける大きなポイントの一つです。
まとめ:M&Aのメリット・デメリットを把握することは成功のポイント
M&Aにより会社・事業を売却する場合は、事前にメリット・デメリットをきちんと考えましょう。ここで解説したメリット・デメリットはあくまで一般論です。会社・事業の状況によって、具体的なメリット・デメリットは異なります。
M&Aの専門家と相談しながら、メリット・デメリットを整理して「本当にM&Aを行うべきか?」を考えることが重要です。
また、M&Aは売り手・買い手の協力と交渉によって実現します。買い手がどのような狙いでM&Aを行うか、買い手のメリット・デメリットを把握することは売り手にとっても重要です。
M&Aのメリット・デメリットを整理することで、M&Aを成功させましょう。